<?xml version="1.0" encoding="UTF-8" ?> 
<rdf:RDF xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/" xmlns="http://purl.org/rss/1.0/">
<channel rdf:about="http://gaialog.jp/knk/blog_hq">
<title>KnK－Staff</title>
<link>http://gaialog.jp/knk/blog_hq</link>
<description></description> 
<dc:language>ja</dc:language> 
<dc:creator>国境なき子どもたち東京事務局</dc:creator> 
<dc:date>2010-03-10T16:45:36+09:00</dc:date> 
<items>
<rdf:Seq>

<rdf:li rdf:resource="http://gaialog.jp/knk/blog_hq/perm/196" /> 

<rdf:li rdf:resource="http://gaialog.jp/knk/blog_hq/perm/195" /> 

<rdf:li rdf:resource="http://gaialog.jp/knk/blog_hq/perm/194" /> 

<rdf:li rdf:resource="http://gaialog.jp/knk/blog_hq/perm/193" /> 

<rdf:li rdf:resource="http://gaialog.jp/knk/blog_hq/perm/192" /> 

<rdf:li rdf:resource="http://gaialog.jp/knk/blog_hq/perm/191" /> 

<rdf:li rdf:resource="http://gaialog.jp/knk/blog_hq/perm/190" /> 

<rdf:li rdf:resource="http://gaialog.jp/knk/blog_hq/perm/189" /> 

<rdf:li rdf:resource="http://gaialog.jp/knk/blog_hq/perm/188" /> 

<rdf:li rdf:resource="http://gaialog.jp/knk/blog_hq/perm/187" /> 

</rdf:Seq>
</items>
</channel>

<item rdf:about="http://gaialog.jp/knk/blog_hq/perm/196">
<title>毎日2000人！</title> 
<link>http://gaialog.jp/knk/blog_hq/perm/196</link> 
<description>
<![CDATA[ 国境なき子どもたちの活動は
ひとえに支援者の方のお力で支えられています。

と言っても、支援者の皆さんは全国にお住まいですから
お目にかかったことのない方が圧倒的に多いのですが
そんな支援者の皆さんの存在とありがたみを
毎日ひしひしと実感できるのがクリック募金です。

KnKは、イーココロ！というサイトを通じ
宿泊予約サイトのトクー！トラベル様のご協力で
クリック募金をいただいています。

私自身はいつも朝8時半頃、出かける仕度をしながら
自宅のPCでまず１クリックします。
すると、だいたいその日の800～900番目くらいの
クリックです、と表示されることが多いのですが
夜中の12時に日付が変わってから朝の8時半までに
すでに800から900人もの方がKnKのために
クリックしてくださっているのか…と
毎朝しみじみびっくりしています。

その後、10時始業のKnKの事務所に到着し、
仕事を始める前にPCを立ち上げてもう１クリック。
すると今度は、およそ1200番目くらいのクリック
となることが一般的です。

ふうむ…朝8時半過ぎから10時過ぎまでの2時間弱に
3～400人もの方がKnKの子どもたちのために
クリックしてくださってるのか…と思うと感無量です。

お仕事の合間の人が多いのかな、とか、
主婦の方の家事がひと段落するタイミングなのかしら
などとつい想像を巡らせてしまいます。

トクー！トラベル様からは毎月5万円を上限として
クリック募金によるご寄付をいただいているのですが、
いつもだいたい月末を待たず25日あたりには
5万円（＝クリック5万回）に達してしまいます。
つまり、平均すると一日あたり2000人もの人が
KnKの活動対象となっている子どもたちのために
クリックしてくださっていることになります。

これって、すごいことですよね。

それぞれのPCの前でKnKをご支援くださっている
皆さま、いつも本当にありがとうございます。

国境なき子どもたちスタッフ　JK（30代／♀） ]]>
</description> 
<dc:creator>国境なき子どもたち東京事務局</dc:creator> 
<dc:date>2010-03-10T16:45:36+09:00</dc:date> 
</item>

<item rdf:about="http://gaialog.jp/knk/blog_hq/perm/195">
<title>初心に戻る</title> 
<link>http://gaialog.jp/knk/blog_hq/perm/195</link> 
<description>
<![CDATA[ 先日、日本映画学校の卒業制作作品の
上映会への招待を受け汐留に行ってきた。
作品は、カンボジアのある少女を追ったドキュメンタリー。

映画は、少女がお店の前で土下座をして
物乞いをしているシーンから始まる。
カンボジアでは決して物乞いは珍しくないが、
土下座までして物乞いする子はあまりいない。

この映画を作った学生さんも、
この少女の姿を見てショックを受けたのだろう。
カメラはこの少女を追った。

うちの若者の家のカンボジア人スタッフに
色々手伝ってもらって、カメラは少女に
インタビューしたり寝泊りしている場所へ尋ねたりしていた。
学生さんはうちに気を遣ってか、
映画のところどころに若者の家を映してくれた。

僕は映画の観客として、ふと思った。

「若者の家でその子を支援すればいいのに」

一方で、NGO職員として「それは難しい」と思った。

普通に生活をしている我々は、
こうした子をかわいそうに感じ「支援してあげたい」と思う。
しかし子どもたちは施設に入ることを
必ずしも望んでいないことが意外と多い。
自分の将来を考える余裕がない子どもたちは、
施設に入って時間をかけて勉強するくらいなら、
物乞いでもやって現金を手に入れた方がいいのだ。
家族だって養わなければいけない。

「それじゃ、ほっとくの？」
「いや、何とかしなければ」
「だけど、そういう子たちがごまんといる。
出会ってしまった子たちを支援しきれるはずがない」
こうやって自問自答していくと無力感を覚え、
NGOの仕事は長く続けられない。

今回この映画を観て、久しぶりに自問自答した。

この映画を撮ってくれた日本映画学校の学生の方々に感謝します。


国境なき子どもたちスタッフ　清水（30代／♂） ]]>
</description> 
<dc:creator>国境なき子どもたち東京事務局</dc:creator> 
<dc:date>2010-03-03T16:43:30+09:00</dc:date> 
</item>

<item rdf:about="http://gaialog.jp/knk/blog_hq/perm/194">
<title>ますます精進いたします</title> 
<link>http://gaialog.jp/knk/blog_hq/perm/194</link> 
<description>
<![CDATA[ 今日は、横浜にある小学校からお招きいただき、
KnKの活動対象となっている子どもたちの現状について
講演をしてきました。

5年生110名の皆さんに、カンボジアの
「若者の家」の子どもたちが作ったビデオを見てもらい、
なぜ路上生活をする子がいるのか、
ストリートチルドレンの生活って
実際にはどういうものなのか、
日本で暮らす私たちは彼らのためにどんなことができるか、
といった点について、お話しました。

アジアの恵まれない青少年のことを話すときはいつも、
「今日の話を心の片隅にでも覚えておいてくれたら
嬉しいな」という気持ちでいます。

そして今日の講演は、そんな私の話を2年前に
聞いてくれた一人の女の子が、担任の先生に
そのことを伝えてくれたことがきっかけで
実現したのでした。
 
2年もの間、私の話を覚えていてくれて本当にありがとう。

2年前はフィリピンの子どもたちの話でしたが
今日の話はどうだった？と尋ねたら、
「お話、さらに上手になりましたね」と
お褒めの言葉をいただきました。
ありがとう、ますます精進いたします。

国境なき子どもたちスタッフ　JK（30代／♀） ]]>
</description> 
<dc:creator>国境なき子どもたち東京事務局</dc:creator> 
<dc:date>2010-01-20T21:08:24+09:00</dc:date> 
</item>

<item rdf:about="http://gaialog.jp/knk/blog_hq/perm/193">
<title>あの津波を忘れない／インドネシア　～バラック～</title> 
<link>http://gaialog.jp/knk/blog_hq/perm/193</link> 
<description>
<![CDATA[ 2005年当時は数十万の人々がバラック
（津波被災者の仮設住宅）で生活していたが、
今はそのほとんどが撤去された。


当時、アチェには多くのバラックが作られた

津波は海岸線をも飲み込み地形を変えてしまったが、
水没した地域に暮らしていた人々に対し、
政府は、山の方に建てられた家に移るよう勧めるだけだった。
しかし山へ移ってしまっては漁師の仕事ができないため、
多くがこのバラックに入居し現在に至っている。

ムアリマさん（22歳）はアチェ南東部の村の出身。
津波の翌年、17歳で出稼ぎのためバンダアチェまで
やってきて、その後、今の夫と出会った。
現在は夫と２人の子どもと共にバラックで暮らしている。
夫の実家は津波で家屋が流されただけでなく
土地そのものが水沈してしまった。

狭い仮設住宅に４人暮らしで生活は厳しいというムアリマさん。
今後、自分たちの生活がどうなるか不安だと語っている。

ムアリマさんが暮らすバラックには８世帯が生活している。
しかし、このバラックも今年12月には撤去されてしまうという。


国境なき子どもたちスタッフ　清水（30代／♂） ]]>
</description> 
<dc:creator>国境なき子どもたち東京事務局</dc:creator> 
<dc:date>2010-01-07T19:34:00+09:00</dc:date> 
</item>

<item rdf:about="http://gaialog.jp/knk/blog_hq/perm/192">
<title>あの津波を忘れない／インド　～ソーミヤ＆ラシュナ～</title> 
<link>http://gaialog.jp/knk/blog_hq/perm/192</link> 
<description>
<![CDATA[ 
ソーミヤ（左）、ラシュナ（右）

ソーミヤ（7歳）とラシュナ（4歳）は仲良し姉妹。
津波が彼女たちから父親を奪ったとき、
妹のラシュナはまだ母親のお腹の中にいた。
津波の被災者として姉のソーミヤには
政府からの援助金がもらえるが、
親や親戚が勝手に使ってしまわないよう、
実際に援助金が支給されるのはソーミヤが
18歳になったときだそうだ。

一方、当時まだお腹の中にいたラシュナは
援助金の支給対象になっていない。
津波から丸5年、母親は公的なサポートなしに、
子ども2人と亡くなった夫の母親の面倒を見てきた。



「夫が生きていてくれたら、と思うことは
何度もあったけれど、今は現実を受け入れ、
家族4人で暮らせることを幸せに思っている。」
と話してくれた。



KnKは津波被災児のためのKnKホームの運営のほか、
月に一度こうした家族を対象に食料品などの物資を提供し続けている。


津波を知らないラシュナ


国境なき子どもたちスタッフ　清水（30代／♂） ]]>
</description> 
<dc:creator>国境なき子どもたち東京事務局</dc:creator> 
<dc:date>2010-01-06T18:10:40+09:00</dc:date> 
</item>

<item rdf:about="http://gaialog.jp/knk/blog_hq/perm/191">
<title>あの津波を忘れない／インドネシア　～タブラニ～</title> 
<link>http://gaialog.jp/knk/blog_hq/perm/191</link> 
<description>
<![CDATA[ 
現地NGO、CCDE(Center for Commmunity Development and Education)の
代表を務めるタブラニさん。
2005年、KnKがアチェで活動を開始するときに手を貸してくれた。

タブラニさんは、その日の朝もいつもと
変わらない時間に事務所へ出勤をした。
その直後、大地震が発生し津波がバンダアチェの町を襲った。
家族を案じ急いで戻ったタブラニさんが
家があった場所に着いたとき、
彼は言葉を失った。

そこには何も残っていなかった。

CCDEの活動も津波で一時中断を余儀なくされた。
一瞬にして家と家族を失ったタブラニさんは、
悲しさを紛らわせるためがむしゃらに援助活動に奔走した。
「じっとしていると、家族のことを
思い出して苦しくなるから」と語っていた。

2007年はCCDEの活動も再開し、自身も再婚した。
彼にとっては再出発の年となった。
そして2009年には子どもを授かった。

「国際機関の援助で家を再建してもらいましたが、
今はそこに住んでいません。
あの場所から毎朝出勤することが
僕にはどうしてもできないんです。」

CCDEは、アチェで貧困に苦しむ人たちへ
職業訓練を提供したり、女性の権利や
家庭内暴力防止の啓発運動を行っている。
そして月刊誌を発行し、こうした諸問題を世論に訴えかけている。

 

CCDEの活動のひとつ。
女性を対象にマイクロファイナンスを提供し、
経営についてのワークショップを行っている。
物の売り方やお金の管理などをグループごとに
意見を出し合い、話し合っている。
実際に発言し人の意見を聞くことにより、
物事を客観的に捉えることができるのだそうだ。

www.ccde.or.id


国境なき子どもたちスタッフ　清水（30代／♂） ]]>
</description> 
<dc:creator>国境なき子どもたち東京事務局</dc:creator> 
<dc:date>2010-01-06T16:04:56+09:00</dc:date> 
</item>

<item rdf:about="http://gaialog.jp/knk/blog_hq/perm/190">
<title>あの津波を忘れない／インド　～ビノダ～</title> 
<link>http://gaialog.jp/knk/blog_hq/perm/190</link> 
<description>
<![CDATA[ 
ビノダ（14歳）は姉のシアマラデビ（17歳）と
共に5年前にKnKホームに来た。
父親ひとりでは子ども2人を養うことができなかったからだ。
母親をガンで亡くした直後に、津波で家を失った。

5年前は、いつも人の後ろに隠れているような
とてもおとなしい少女だった。
14歳になった現在は、積極的に話をするようになり、
自信にあふれた表情が印象的だった。

ビノダの母親がガンでこの世を去った一週間後、
まだ悲しみに打ちひしがれている一家を津波が襲った。
家は半壊し、父親ひとりではビノダとシアマラデビの
二人を育てていくことができなかったため、
姉妹はKnKホームに預けられることになった。

父親は必死に働き自力で家を建て直した。
この地域の男性は家事をする習慣がないため、
ビノダの父親も2005年に再婚を決意した。
現在は妻と2人の新しい子ども、
そして義理の母親の5人で生活をしているが、
今の家族を養うだけで精一杯だという。


そばで父親の話を聞いていたビノダはどんな思いだっただろうか。


国境なき子どもたちスタッフ　清水（30代／♂） ]]>
</description> 
<dc:creator>国境なき子どもたち東京事務局</dc:creator> 
<dc:date>2010-01-01T19:44:25+09:00</dc:date> 
</item>

<item rdf:about="http://gaialog.jp/knk/blog_hq/perm/189">
<title>あの津波を忘れない／インドネシア　～アチェパサール～</title> 
<link>http://gaialog.jp/knk/blog_hq/perm/189</link> 
<description>
<![CDATA[ 各国の支援で様々な建物が新しく建てられたバンダアチェの町。
パサールアチェ（アチェマーケット）にオープンした
美しいショッピングモールの入口で日本の支援のマークを見つけた。

 

中にはエスカレーターまであり、
津波前のマーケットよりもきれいで品揃えも豊富になった。



地方からの出稼ぎも増え、
バンダアチェの町は以前にも増して活気づいている。
商売も津波前と比較しても売り上げがいいらしい。
しかし、みな口をそろえて言う。

「津波前よりもこの町は設備が充実し生活も豊かになった。
そういう意味では今のほうがいい。
しかし私たちは昔のバンダアチェの方が好きだった。」



近郊の町シグリからの出稼ぎで
仕立屋を経営しているアブラフマさん。
病気で妻を失い男手ひとつで４人の子どもを育てている。
平日は母親に子どもを預けて店を切り盛りし、
週に一度、子どもと会うためにシグリに戻っている。

「津波で何もかもなくなってしまったこの町に活気が戻ってきたよ。
少しだけどうちも売り上げが上がった。でもこの通り小さな店でね。
誰か新しいミシンを援助してくれないかな。」
と意味ありげな笑顔を見せてくれた。


国境なき子どもたちスタッフ　清水（30代／♂） ]]>
</description> 
<dc:creator>国境なき子どもたち東京事務局</dc:creator> 
<dc:date>2010-01-01T19:28:38+09:00</dc:date> 
</item>

<item rdf:about="http://gaialog.jp/knk/blog_hq/perm/188">
<title>竜がいる！</title> 
<link>http://gaialog.jp/knk/blog_hq/perm/188</link> 
<description>
<![CDATA[ 「竜がいる！」
と、隣の席のS氏が窓の外を眺めて言うので
外を見てみると、本当に竜がいました。


記念にパチリ。

それ以降、ずっと頭の中で
「まんが日本昔ばなし」のテーマ曲が流れていました。

100回ぐらい歌った頃には、窓の外はすっかり暗くなり
竜もいなくなっていました。

国境なき子どもたちスタッフ　松浦（30代／♀） ]]>
</description> 
<dc:creator>国境なき子どもたち東京事務局</dc:creator> 
<dc:date>2009-12-20T14:23:25+09:00</dc:date> 
</item>

<item rdf:about="http://gaialog.jp/knk/blog_hq/perm/187">
<title>インターンさんへ</title> 
<link>http://gaialog.jp/knk/blog_hq/perm/187</link> 
<description>
<![CDATA[ 皆さんの新着記事、いつも楽しみにしてます。
新鮮な視点でKnKの仕事や事務所の様子を書いてくれるので
いつもヘー、ホーと関心しながら読んでます。

スタッフとは違った目で水平線の向こうに住むアジアの子どもたちを
見つめる皆さんの姿に、普段忘れてしまいがちな何かを思い出します。
そして皆さんを前に恥ずかしい仕事はできないなぁ、と改めて思うのです。

今年は本当にお世話になりました。
来年も皆さんの素敵な文章にお目にかかれることを願って。


国境なき子どもたち
スタッフ　真嶋（30代／♂） ]]>
</description> 
<dc:creator>国境なき子どもたち東京事務局</dc:creator> 
<dc:date>2009-12-17T12:45:23+09:00</dc:date> 
</item>

</rdf:RDF>

