今、バングラデシュのホテルでこのブログを書いている。
今日でサイクロンの被災地を視察し終わり、
首都のダッカまで戻ってきた。
日本のように交通機関が発達しているわけではないので、
移動は車を中心に途中フェリーで川を移動する。
車で行けない場所はボートで移動する。
拠点地となるボリシャルという町まで距離でいうと
200キロ程度だが、フェリーに乗るために車が順番待ちをしたり、
逆にフェリーに車がいっぱいになるまで出航しないなど、
とにかく移動には時間がかかった。
目星をつけておいた村で聞き取り調査をする中、
たまに村からものすごい歓迎を受けてしまうことがある。
そして彼らは村の状況を大げさに説明する。
明らかにそれほど被害を受けていなくても、
「あそこから向こうは全滅だ」とか
「死者は何千人も出た」(実際は全体で3000人ほどなのに…)など
次々にアピールをしてくる。
しまいには、「食事を用意したから是非うちに来てくれ」と
手を引っ張られる。そんなとき頭ごなしに断ると
失礼に当たるので、そこは丁重にお断りをして次の村に行く。
彼らも支援を受けるためには必死だ。
それに、それほど被害を受けていない場所は
どうしても優先順位が低くなり、しまいには
ほとんど支援を受けないこともある。
KnKは小さいNGOなので、何千もある村の中で
活動できるのは数個所だけ。心を鬼にしながら調査をして、
断ってしまった村のためにも限られた予算を
有効に使えるようにする必要があった。
以前いたNGOでこんな話を聞いた。飢餓対策のための
栄養補給食を配給するときは決まって長蛇の列ができる。
炎天下、やせ細った子どもたちが何時間も並んで
やっと物資がもらえるところまで来たと思ったら、
木でできた枠が列をさえぎる。
そこをくぐらなければ物資はもらえない。
その枠をすんなり通れた子は物資をもらえるが、
くぐるために少しでも身をかがめた子はもらえない。
その枠は、物資配給の対象者を身長で選ぶメジャーの
役割を果たしているのだ。たった1センチ、
その枠よりも背が高い子どもは「支援対象外」と
なってしまう。はたしてその子はその後どうなるか。
こうした仕事をしていると、「えらい」とか
「すごいですね」とか言われることもあるが、
限られた人と予算の中で支援をするためには、
支援を求める人たちの期待を裏切り、
そして断り続けなければいけないのも事実なのだ。
国境なき子どもたちスタッフ 清水(30代/♂)
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