KnK-Staff


国境なき子どもたち事務局スタッフがお届けします

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毎日2000人!
日付:2010-03-10 16:45:36 コメント(0) トラックバック(0) home

国境なき子どもたちの活動は
ひとえに支援者の方のお力で支えられています。

と言っても、支援者の皆さんは全国にお住まいですから
お目にかかったことのない方が圧倒的に多いのですが
そんな支援者の皆さんの存在とありがたみを
毎日ひしひしと実感できるのがクリック募金です。

KnKは、イーココロ!というサイトを通じ
宿泊予約サイトのトクー!トラベル様のご協力で
クリック募金をいただいています。

私自身はいつも朝8時半頃、出かける仕度をしながら
自宅のPCでまず1クリックします。
すると、だいたいその日の800~900番目くらいの
クリックです、と表示されることが多いのですが
夜中の12時に日付が変わってから朝の8時半までに
すでに800から900人もの方がKnKのために
クリックしてくださっているのか…と
毎朝しみじみびっくりしています。

その後、10時始業のKnKの事務所に到着し、
仕事を始める前にPCを立ち上げてもう1クリック。
すると今度は、およそ1200番目くらいのクリック
となることが一般的です。

ふうむ…朝8時半過ぎから10時過ぎまでの2時間弱に
3~400人もの方がKnKの子どもたちのために
クリックしてくださってるのか…と思うと感無量です。

お仕事の合間の人が多いのかな、とか、
主婦の方の家事がひと段落するタイミングなのかしら
などとつい想像を巡らせてしまいます。

トクー!トラベル様からは毎月5万円を上限として
クリック募金によるご寄付をいただいているのですが、
いつもだいたい月末を待たず25日あたりには
5万円(=クリック5万回)に達してしまいます。
つまり、平均すると一日あたり2000人もの人が
KnKの活動対象となっている子どもたちのために
クリックしてくださっていることになります。

これって、すごいことですよね。

それぞれのPCの前でKnKをご支援くださっている
皆さま、いつも本当にありがとうございます。

国境なき子どもたちスタッフ JK(30代/♀)

初心に戻る
日付:2010-03-03 16:43:30 コメント(0) トラックバック(0) home

先日、日本映画学校の卒業制作作品の
上映会への招待を受け汐留に行ってきた。
作品は、カンボジアのある少女を追ったドキュメンタリー。

映画は、少女がお店の前で土下座をして
物乞いをしているシーンから始まる。
カンボジアでは決して物乞いは珍しくないが、
土下座までして物乞いする子はあまりいない。

この映画を作った学生さんも、
この少女の姿を見てショックを受けたのだろう。
カメラはこの少女を追った。

うちの若者の家のカンボジア人スタッフに
色々手伝ってもらって、カメラは少女に
インタビューしたり寝泊りしている場所へ尋ねたりしていた。
学生さんはうちに気を遣ってか、
映画のところどころに若者の家を映してくれた。

僕は映画の観客として、ふと思った。

「若者の家でその子を支援すればいいのに」

一方で、NGO職員として「それは難しい」と思った。

普通に生活をしている我々は、
こうした子をかわいそうに感じ「支援してあげたい」と思う。
しかし子どもたちは施設に入ることを
必ずしも望んでいないことが意外と多い。
自分の将来を考える余裕がない子どもたちは、
施設に入って時間をかけて勉強するくらいなら、
物乞いでもやって現金を手に入れた方がいいのだ。
家族だって養わなければいけない。

「それじゃ、ほっとくの?」
「いや、何とかしなければ」
「だけど、そういう子たちがごまんといる。
出会ってしまった子たちを支援しきれるはずがない」
こうやって自問自答していくと無力感を覚え、
NGOの仕事は長く続けられない。

今回この映画を観て、久しぶりに自問自答した。

この映画を撮ってくれた日本映画学校の学生の方々に感謝します。


国境なき子どもたちスタッフ 清水(30代/♂)

ますます精進いたします
日付:2010-01-20 21:08:24 コメント(0) トラックバック(0) home

今日は、横浜にある小学校からお招きいただき、
KnKの活動対象となっている子どもたちの現状について
講演をしてきました。

5年生110名の皆さんに、カンボジアの
「若者の家」の子どもたちが作ったビデオを見てもらい、
なぜ路上生活をする子がいるのか、
ストリートチルドレンの生活って
実際にはどういうものなのか、
日本で暮らす私たちは彼らのためにどんなことができるか、
といった点について、お話しました。

アジアの恵まれない青少年のことを話すときはいつも、
「今日の話を心の片隅にでも覚えておいてくれたら
嬉しいな」という気持ちでいます。

そして今日の講演は、そんな私の話を2年前に
聞いてくれた一人の女の子が、担任の先生に
そのことを伝えてくれたことがきっかけで
実現したのでした。

2年もの間、私の話を覚えていてくれて本当にありがとう。

2年前はフィリピンの子どもたちの話でしたが
今日の話はどうだった?と尋ねたら、
「お話、さらに上手になりましたね」と
お褒めの言葉をいただきました。
ありがとう、ますます精進いたします。

国境なき子どもたちスタッフ JK(30代/♀)

あの津波を忘れない/インドネシア ~バラック~
日付:2010-01-07 19:34:00 コメント(0) トラックバック(0) home

2005年当時は数十万の人々がバラック
(津波被災者の仮設住宅)で生活していたが、
今はそのほとんどが撤去された。



当時、アチェには多くのバラックが作られた


津波は海岸線をも飲み込み地形を変えてしまったが、
水没した地域に暮らしていた人々に対し、
政府は、山の方に建てられた家に移るよう勧めるだけだった。
しかし山へ移ってしまっては漁師の仕事ができないため、
多くがこのバラックに入居し現在に至っている。

ムアリマさん(22歳)はアチェ南東部の村の出身。
津波の翌年、17歳で出稼ぎのためバンダアチェまで
やってきて、その後、今の夫と出会った。
現在は夫と2人の子どもと共にバラックで暮らしている。
夫の実家は津波で家屋が流されただけでなく
土地そのものが水沈してしまった。

狭い仮設住宅に4人暮らしで生活は厳しいというムアリマさん。
今後、自分たちの生活がどうなるか不安だと語っている。

ムアリマさんが暮らすバラックには8世帯が生活している。
しかし、このバラックも今年12月には撤去されてしまうという。


国境なき子どもたちスタッフ 清水(30代/♂)

あの津波を忘れない/インド ~ソーミヤ&ラシュナ~
日付:2010-01-06 18:10:40 コメント(0) トラックバック(0) home


ソーミヤ(左)、ラシュナ(右)


ソーミヤ(7歳)とラシュナ(4歳)は仲良し姉妹。
津波が彼女たちから父親を奪ったとき、
妹のラシュナはまだ母親のお腹の中にいた。
津波の被災者として姉のソーミヤには
政府からの援助金がもらえるが、
親や親戚が勝手に使ってしまわないよう、
実際に援助金が支給されるのはソーミヤが
18歳になったときだそうだ。

一方、当時まだお腹の中にいたラシュナは
援助金の支給対象になっていない。
津波から丸5年、母親は公的なサポートなしに、
子ども2人と亡くなった夫の母親の面倒を見てきた。



「夫が生きていてくれたら、と思うことは
何度もあったけれど、今は現実を受け入れ、
家族4人で暮らせることを幸せに思っている。」
と話してくれた。



KnKは津波被災児のためのKnKホームの運営のほか、
月に一度こうした家族を対象に食料品などの物資を提供し続けている。


津波を知らないラシュナ



国境なき子どもたちスタッフ 清水(30代/♂)


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