KnK-Staff


国境なき子どもたち事務局スタッフがお届けします

2010年1月

ますます精進いたします
日付:2010-01-20 21:08:24 コメント(0) トラックバック(0) home

今日は、横浜にある小学校からお招きいただき、
KnKの活動対象となっている子どもたちの現状について
講演をしてきました。

5年生110名の皆さんに、カンボジアの
「若者の家」の子どもたちが作ったビデオを見てもらい、
なぜ路上生活をする子がいるのか、
ストリートチルドレンの生活って
実際にはどういうものなのか、
日本で暮らす私たちは彼らのためにどんなことができるか、
といった点について、お話しました。

アジアの恵まれない青少年のことを話すときはいつも、
「今日の話を心の片隅にでも覚えておいてくれたら
嬉しいな」という気持ちでいます。

そして今日の講演は、そんな私の話を2年前に
聞いてくれた一人の女の子が、担任の先生に
そのことを伝えてくれたことがきっかけで
実現したのでした。

2年もの間、私の話を覚えていてくれて本当にありがとう。

2年前はフィリピンの子どもたちの話でしたが
今日の話はどうだった?と尋ねたら、
「お話、さらに上手になりましたね」と
お褒めの言葉をいただきました。
ありがとう、ますます精進いたします。

国境なき子どもたちスタッフ JK(30代/♀)

あの津波を忘れない/インドネシア ~バラック~
日付:2010-01-07 19:34:00 コメント(0) トラックバック(0) home

2005年当時は数十万の人々がバラック
(津波被災者の仮設住宅)で生活していたが、
今はそのほとんどが撤去された。



当時、アチェには多くのバラックが作られた


津波は海岸線をも飲み込み地形を変えてしまったが、
水没した地域に暮らしていた人々に対し、
政府は、山の方に建てられた家に移るよう勧めるだけだった。
しかし山へ移ってしまっては漁師の仕事ができないため、
多くがこのバラックに入居し現在に至っている。

ムアリマさん(22歳)はアチェ南東部の村の出身。
津波の翌年、17歳で出稼ぎのためバンダアチェまで
やってきて、その後、今の夫と出会った。
現在は夫と2人の子どもと共にバラックで暮らしている。
夫の実家は津波で家屋が流されただけでなく
土地そのものが水沈してしまった。

狭い仮設住宅に4人暮らしで生活は厳しいというムアリマさん。
今後、自分たちの生活がどうなるか不安だと語っている。

ムアリマさんが暮らすバラックには8世帯が生活している。
しかし、このバラックも今年12月には撤去されてしまうという。


国境なき子どもたちスタッフ 清水(30代/♂)

あの津波を忘れない/インド ~ソーミヤ&ラシュナ~
日付:2010-01-06 18:10:40 コメント(0) トラックバック(0) home


ソーミヤ(左)、ラシュナ(右)


ソーミヤ(7歳)とラシュナ(4歳)は仲良し姉妹。
津波が彼女たちから父親を奪ったとき、
妹のラシュナはまだ母親のお腹の中にいた。
津波の被災者として姉のソーミヤには
政府からの援助金がもらえるが、
親や親戚が勝手に使ってしまわないよう、
実際に援助金が支給されるのはソーミヤが
18歳になったときだそうだ。

一方、当時まだお腹の中にいたラシュナは
援助金の支給対象になっていない。
津波から丸5年、母親は公的なサポートなしに、
子ども2人と亡くなった夫の母親の面倒を見てきた。



「夫が生きていてくれたら、と思うことは
何度もあったけれど、今は現実を受け入れ、
家族4人で暮らせることを幸せに思っている。」
と話してくれた。



KnKは津波被災児のためのKnKホームの運営のほか、
月に一度こうした家族を対象に食料品などの物資を提供し続けている。


津波を知らないラシュナ



国境なき子どもたちスタッフ 清水(30代/♂)

あの津波を忘れない/インドネシア ~タブラニ~
日付:2010-01-04 16:03:42 コメント(0) トラックバック(0) home


現地NGO、CCDE(Center for Commmunity Development and Education)の
代表を務めるタブラニさん。
2005年、KnKがアチェで活動を開始するときに手を貸してくれた。

タブラニさんは、その日の朝もいつもと
変わらない時間に事務所へ出勤をした。
その直後、大地震が発生し津波がバンダアチェの町を襲った。
家族を案じ急いで戻ったタブラニさんが
家があった場所に着いたとき、
彼は言葉を失った。

そこには何も残っていなかった。

CCDEの活動も津波で一時中断を余儀なくされた。
一瞬にして家と家族を失ったタブラニさんは、
悲しさを紛らわせるためがむしゃらに援助活動に奔走した。
「じっとしていると、家族のことを
思い出して苦しくなるから」と語っていた。

2007年はCCDEの活動も再開し、自身も再婚した。
彼にとっては再出発の年となった。
そして2009年には子どもを授かった。

「国際機関の援助で家を再建してもらいましたが、
今はそこに住んでいません。
あの場所から毎朝出勤することが
僕にはどうしてもできないんです。」

CCDEは、アチェで貧困に苦しむ人たちへ
職業訓練を提供したり、女性の権利や
家庭内暴力防止の啓発運動を行っている。
そして月刊誌を発行し、こうした諸問題を世論に訴えかけている。



CCDEの活動のひとつ。
女性を対象にマイクロファイナンスを提供し、
経営についてのワークショップを行っている。
物の売り方やお金の管理などをグループごとに
意見を出し合い、話し合っている。
実際に発言し人の意見を聞くことにより、
物事を客観的に捉えることができるのだそうだ。

www.ccde.or.id


国境なき子どもたちスタッフ 清水(30代/♂)


Copyright Since 2006-2008 ©knk. All rights reserved. All rights reserved. Powered by GaiaX Co. Ltd.