先月行なったヨルダンでのビデオワークショップは、
とても考えさせられるものだった。
当初はイラク戦争でヨルダンへ避難してきたイラク人の苦悩や
彼らが抱える問題をテーマにしようと考えていた。
そして実際、参加者の体験を元に作品制作を進めていった。
しかし、彼らが抱える問題は僕が考えていたよりもっと繊細で複雑なものだった。
ホームページでも触れたが
(ビデオワークショップ ヨルダンからの報告 その4)、
参加者の体験を元に撮影を進めていたが、撮影したものを
使用しないようにとイラク人の家族に言われてしまい、
ビデオチームで緊急ミーティングを開くことになった。
そもそもなぜ、撮影したものを使用できないのか。
それは、撮影した内容がイラク人がヨルダンで
体験した「問題」だったからだ。
イラク人はイラク戦争で身の危険を感じ、
ヨルダンなどの近隣諸国へ避難してきた。
その理由は人それぞれで、紛争状態から逃れてきた人もいるし、
イスラム教の宗派の違いから身の危険を感じて逃げてきた人たちもいる。
今、ヨルダンで生活しているイラク人は、この国で「安全」に暮らしている。
しかし難民と認められていないため、不法滞在をしている人たちも数多くいる。
もし警察に捕まって不法滞在がばれたら、イラクへ強制送還されることに
なってしまうのだ。そのことは、イラク人にとって死を意味する場合もある。
イラク人はこのヨルダンで「安全」に暮らしているものの、
「安心」した生活を送っているわけではないのだ。
ビデオワークショップで最も難しかったのは、ビデオを作るにあたって、
ヨルダン人とイラク人の相互理解を進めつつも、イラク人に「不安」を
与えてはいけないということだった。
今回撮影した問題のシーンは現実に起きたことなので、そのことを
公表することは問題提議となり、イラク人の抱える苦悩をヨルダン人に
理解してもらうきっかけになるのだが、そうすることで彼らに「不安」を与え、
最悪の場合それが原因で強制送還にもなりかねないという、
どっち付かずの状況になってしまったのだ。
このどっち付かずのこの状況が現実の問題なのであって、
最終的にはこれをうまく表現してビデオワークショップは終了したのだが、
日本という平和な国で生活している僕にとって、イラク人の抱える
不安とストレスは計りしれないものだった。
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