KnK-Staff


国境なき子どもたち事務局スタッフがお届けします

2007年5月

日付:2007-05-31 19:22:39 コメント(0) トラックバック(0) home

皆さんは、「魂」の存在を信じますか?
(いきなり変な質問ですが…)
「魂」といっても、「霊」とか、誰かの
「人魂」とかいうのではなく、自らの
「魂」 のことです。

何か不思議な経験をしたり、素敵な歌を
耳にしたり、映画を観たり、本を読んだり、

景色を見たり、あるいは新たな人との
出会いによって、「魂」が揺さぶられた、
そんな経験をしたことはないでしょうか?

「心」と言ったほうが分かりやすいの
かもしれません。 でも、「心」と言うと、
身近にあって感情や意識に左右されて
しまうもの、という気がします。
「魂」は、何か奥深くにあるもの、自分の
存在の根源にあるもの、 手の届かない、
どこか少し遠くにあるもの、かな?
などと勝手に考えたりしています。

「訳分かんない話して、この人少し怪しい…」
などと思われたら嫌だな、と少し心配
しています(笑)。

でも、「魂」は、その存在を信じない人に
とっては、何ら意味をなさないものなのか
もしれない、とも思うのです。

実は最近、出張で、南方の島に行ってきました。
ある晩、海辺で空を見上げると、そこには
北半球とは全く趣の違う無数の星と、天の
川が見えました。
ただただ美しい、とその時思いました。

その瞬間、「魂」とつながっている存在の
ようなものを、感じた気がしたのです。
何か力強い、圧倒されそうなもの、でも
どこか懐かしいものが、そこにある気が
しました。

ちなみにこの話には、オチがないんですが…

でも、言っていることの100分の1でも
分かってもらえると嬉しいです。

(次回に続く…)

国境なき子どもたちスタッフ M(30代/♂)
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でんでん虫
日付:2007-05-30 19:32:36 コメント(0) トラックバック(0) home

先週の金曜、雨の中を家に帰り着くと 
門扉の上にはでんでん虫がいた。 
門扉の高さは私の肩くらい。幅5センチ位のところに 
でんでん虫はじっと座って(立って?)いた。 

でんでん虫。
ああそれなのに買ったばかりの自慢のデジカメが
こういう日に限ってカバンに入っていない。
急ぎ足でデジカメ取りに家に入ろうとしたら、
門扉の向こう側の地面にはカエルがいた。
心なしかでんでん虫を待ってるような風情。
わおーん今日はシャッターチャンス千客万来やで!
小躍りしつつ、はたと気が付いた。

カエルはでんでん虫を食べよと思って降りてくるのを
待っているんじゃなかろうか。
すると写真よりも人命救助、というか、
でんでん命救助が優先するのではなかろうか。

急いでKnKの昆虫博士S先生に質問メール。
すると先生からいつものように誤字脱字だらけの返信が。
『カエルわカタツムリ食べない。 
カタツムリ食ぺるマイマイカブリ』

こんだけ短い文章でよくここまで誤字できるもんだ。
あ、もしかして最後の一単語も書き間違い?
S先生、本当はマイマイ“ガブリ”って、
でんでん虫をガブリと齧る様子を
描写したかったのでは?

疑心暗鬼にかられ、カエルを飛び越えて家に駆け込み
電子辞書を引く。
するとマイマイカブリ、漢字では『舞舞被』と書く 
雅楽の演目のような風情ある名前の虫だった。
『青海波』とか、ありそうじゃないですか舞舞被。

電子辞書をうっちゃり、デジカメを手に再び門へ。
傘を差しながらの夜間撮影は難しい。
私のニコン・クールピクスS500は、一生かかっても
使い切れないくらいたくさんの撮影モードがあるが
雨の金曜に密会するでんでん虫とカエルの
ツーショット用モードは搭載されていなかった。
フェイスクリア機能もでんでん虫の顔は認識できず。

今日も雨。
今朝はカメラ持って出ましたので
でんでん虫に会えたら再トライします。

国境なき子どもたちスタッフ J.K(30代/♀)
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皆さん、最近ドキドキしていますか?
日付:2007-05-29 19:51:14 コメント(0) トラックバック(0) home

去年、私は4人の子どもと出会い、一緒に
ドキュメンタリーを制作しました。

それはそれは、ドキドキする体験でした。

KnKは開発途上国の青少年を支援するNGO
ですが、実は長年、国内の子どもたち、
とりわけ困難な状況下にある子どもたちの
ために「何か」できることがあればやり
たい!と考えておりました。

「国境なき」とは「国境を越えて」という
意味だけではありません。
それは、相手を理解しようという行為や、
無関心であることにノーと言うことでも
あるのです。

そして、国内においてそれが実現したのが、
去年の夏に実施した
「ビデオ制作ワークショップ」です。

健常児と障害児の交流を目的とした
「ビデオ制作ワークショップ」を開催し、
4人の参加者と32人のスポーツキャンプ
参加者が出会い、交流を深め、友情を育み、
そして最終的にドキュメンタリー作品が
完成しました。
詳しくはこちらのサイトをご覧ください。
http://www.knk.or.jp/japan/edu/VW/2006/vw_news_2006.htm

昨年、このワークショップに参加して
くれたのは、東京在住の小学生2人と
高校生2人でした。
一方、スポーツキャンプに参加している
32人は、何らかの理由で身体に障害を
持ち、通常は車椅子で生活している子ども
たちです。普通校に通っている子どもも
いますが、多くの子は養護学校に通って
います。

そんな彼らが、同世代の女の子(や男の子)
にカメラを向けられ、インタビューを受ける。
それが非日常の特別なことであるのは言う
までもありません。

ここだけの話、何人かの男の子たちは
あきらかにテンションが高くなっていました。
そして、それは懐かしいような、何ともほほ
笑ましい光景でした。

10代なんてあっという間ですから・・。
恋せよ諸君!ってなもんです。

この「ビデオ制作ワークショップ」をやって
良かったなあ、と思うことはいくつもあり
ますが、ひとつは参加者と撮影された子ども
たちとの間で今でも友情が続いている
(らしい)こと、もうひとつは参加者の内、
ひとりが今年はボランティアスタッフとして
障害児スポーツキャンプに参加する(らしい)
ということです。

さて、今年の夏もビデオ制作ワークショップ
行う予定ですが、どんな子たちが応募して
くれるのやら・・その子たちが、この夏どんな
出会いをするのか・・、

今からドキドキしています。

国境なき子どもたちスタッフ 松浦(30代/♀)
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本業はどっちだ?
日付:2007-05-24 19:06:29 コメント(2) トラックバック(0) home

僕は元々、映像制作会社で自然物の撮影を
していた。

それが、何を間違えたのか、今はNGOで
働いている。

KnKで働く前もNGOで働いていた。その
ときは自分の専門知識を活かして、広報の
一部である映像制作部門に所属していた。
ビデオカメラを持って活動現場に赴き、
プロジェクトの様子を撮影・編集して
ビデオパッケージを作っていた。そこは
大手NGOで、アジアだけでなく世界中に
プロジェクトを持っているので、アフリカや
ヨーロッパにも出かけた。KnKの活動よりも
派手な内容(?)だったため、カメラマンと
してかっこ良さを感じていなかったといえば
うそになるだろうか。

現在は地味な活動をしているKnKにいる。

でも、「楽しさ」から言えば断然、KnK
だろう。前にブログで書いたかもしれない
が、KnKで働いていると子どもたちの成長が
感じられるし、過去の映像を見ると明らかに
成長しているのだ。それはうれしいもの。

しかし、KnKは弱小NGOなので映像部門は
ない。僕の仕事は、現地プロジェクトの
調整や派遣ボランティアさんの対応、
ニュースレターやパンフレットの制作、その
ほかに事務所の花の水やりもする。KnK
正式に働くようになって4年目になるが、
最近はビデオ撮影する機会が減った。撮影
しても編集する暇がないからだ。編集しない
ビデオ映像なんて宝の持ち腐れだ。

この前の写真展のギャラリートークで久し
ぶりにビデオを回した。そして何を思った
のか、少し編集してインターネット上で公開
までしている。(ギャラリートークの様子は
4回に分けて放映しますので見てくださいね)
http://www.m-telebee.jp/tv/3000155

一度やりだすと、色々追加の編集作業で出て
くるもので、今は別の編集にかかっている。
しかし、本当に久しぶりに編集ソフトを
いじったので、テロップのつけ方を忘れて
しまったりしている。

なんだかんだで、NGO畑も8年目。年数で
いえば映像畑よりも長くなってしまった。
果たして、どっちが自分の本職なのか…。

国境なき子どもたちスタッフ 清水(30代/♂)
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NGOで働くということ その③
日付:2007-05-22 15:18:29 コメント(0) トラックバック(0) home

深く考えずに連載ものにしてしまったために
苦しんでおります第三話です。

第一話は私のサエないNGO人生はどのようにして
幕をあけたか、というお話で
2ヶ月後の第二話では、
私がうっかりNGO事務局スタッフという働き方を
選んだいきさつについて書いたんでしたね。
あれから早3ヶ月が過ぎてしまいました。

さて。
当初の構想では、企業とNGO事務局での働き方の違い、
みたいなのを三番目に書くつもりだったようです私。

働き方か・・・全く違う点もあるし、もちろん共通する点も
あるのですけれど。
企業といっても会社によって様々でしょうから、
ここではあくまでも私が大学卒業後1年2ヵ月だけ
勤めさせていただいた心優しい会社との比較になります。


まったく違う点として、私が初日から今日に至るまで
つくづく実感しているのは、今の職場には
仕事にマニュアルのないところでしょうか。
NGOという労働環境としては新しい場所で、
しかも設立当初から働くなら前任者もいないわけです。
目標はあっても、どう到達するか、
実務的かつ具体的な前例はどこにもないのです。

ですから、私は2つのNGOを渡り歩いていますが
人から仕事のやり方を教えて貰ったことがありません。
もちろん、そのときそのときに出会う人々に助けられ
気付かされ、導かれてきたことは間違いありませんが、
いわゆる仕事の手順、俗に言う『マニュアル』は
一度も見たことがありません。
NGOでは、毎日毎日、自分の頭で考えるんです。

最初に勤めた一般企業では、当然のことながら
私の教育担当としてのお姉さん社員さんがいました。
そして、仕事の手順をこと細かく教えてくれました。

営業マンさんから電話で指示があったら、①タイプライターでこの書類を作る②三枚コピーする③それぞれに手書きサインする(サインしてから3部コピーするのではダメ)④電話で○○の手配をする⑤○○の番号が決まったら次にこの書類を作る⑥△時までにそれをどこそこへFAXする⑦営業マンさんが箱を持って営業所に戻ってきたら、箱のマークをチェックする・・・

朝から晩までこれの繰り返し。
若干のバリエーションはあっても
イレギュラーなケースはなし。
ひどくつまらんのう。と思ったものでした。
あのままあの会社にいたら、12年後の今ごろは
血湧き肉踊るお局さまになっていたかしらん・・・?
どうだろう、わかりません。

しかし。

学生時代も死守した門限10時が残業のために守れない、
配属先が自宅から下り列車で1時間じゃあ
平日夜に学校にも通えない、
友だちとの飲み会にも間に合わない。
門限破りで親に怒鳴られる毎日、
当日ドタキャン続きで友だちの集まりにもだんだん
声をかけてもらえなくなり、
あれほど好きだった語学の勉強も続けられない。
引き換えにタイプライター打って受け取る
月額187000円にはどういう意味があるんだ?
ウン十年も黙って毎朝通勤するお父さん方は偉大だ、
とつくづく思いました。
そして、日本はそういう人々によって支えられてんだ、
とつくづく思いました。


けれど、年賀の挨拶に交じって記された転職のお誘いに
一秒も迷わなかったのはなぜだろう?


今振り返ると、たぶん2つの思いがあったと思います。

まず、どうせ自分の大切なものを犠牲にして働くなら
お金儲け以外の理由がほしい。
自分なりに大きな犠牲を払って仕事するのに、
得られるものが月給だけ、というのは
金額の大小にかかわらず、残念だと思いました。

そしてもうひとつ、
自分の頭で考える仕事がしたかった。
陳腐な表現で言うならば、「会社の単なる歯車」には
なりたくなかった。
でも今振り返って思うには、どんな業種で働いても、
複数の人数で働くならば一人一人が歯車だし
どんな職場でも、創意工夫の余地がある。
でも愚鈍な23歳にはわからなかったのです。

そして、この「自分の頭で考える」って、
昭和40年代後半の日本に生まれ、
ごくごく一般的な教育を受けてきた凡庸な私には、
かなり新鮮な行動なんですよね、今日に至ってもなお。
後々、この部分にこんなにも悩まされるとは
思いませんでした。


頭が働かずもがき苦しむ私の姿は・・・
4ヵ月後くらいにまたブログでご紹介するかもしれません。

国境なき子どもたちスタッフ J.K(30代/♀)
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