KnK-Staff


国境なき子どもたち事務局スタッフがお届けします

2006年12月

「意外な人と出会う」とはこのことだ。
日付:2006-12-26 15:54:38 コメント(0) トラックバック(0) home

「意外な人と出会う」とはこのことだ。と、最近そんな経験をした。

この前、デパートのギャラリーに何気なく入った。アーティストたちが作品の展示販売をしていたが特に買うのが目的ではなかった。そこで見覚えのあるものを見つけた。それは石(おそらく石膏)でできた時計。文字盤に絵が描かれたとても独特な時計。

「家にあるのと同じ時計が売られている。」そう思った。でもすぐにそれを否定した。

表参道を歩けば、おしゃれに思われると勘違いしていた学生の頃(15年ほど前…)、道端には色々な人たちが様々な物を売っていた。そのほとんどはアクセサリーや自分で作った絵葉書などだったが、その中で変わったものを見つけ、それに惹かれて足を止めた。石の時計だ。石を丸く削ってはあるがどことなく不恰好で文字盤にはポップな絵が描かれている。いかにも世界に一つしかない感じの時計。いかにも芸術家の卵風のお姉さんが売っており、ついつい話しかけたのを覚えている。そして帰りには、新聞紙でくるまれた時計を手にしていた。

それから僕は何度か引越しを経験したが、その時計も一緒についてきた。そこに特別な思いがあったわけではない。引越しは、いらないものを捨て、新しいものに買い揃え新たな生活を開始するのが楽しみの一つだ。それでもなぜ毎回ゴミリストからはずれ、新しい壁を飾り、時を教えてくれた。

まさか、その兄弟たち(子どもたちとも言うべきか)と再会するとは。その作家さんも驚いたようだ。一度しか会ったことがない人なのに、まるで同窓会で再会したかのように話が盛り上がった。そのとき隣にいた赤ちゃんがもう15歳だなんて。
クリエイティブな仕事を15年も続けていくのは並大抵なことではない。
www.siacca.com

路上で育った赤ちゃんが15歳?

KnKのプロジェクトと重ねて考えてしまうのは職業病だろうか…。

国境なき子どもたちスタッフ 清水(30代/♂)

さすってなぶる、ではありません
日付:2006-12-25 18:25:41 コメント(0) トラックバック(0) home

Merry Christmas!!

はじめまして。国境なき子どもたちスタッフの松浦です。

KnKブログが毎日更新されるようになってもう二ヶ月です。
KnK事務局に親しみを持ってもらえるように・・』という思いから
始めたブログですが、いつもお手伝いくださるボランティアの皆さんや
スタッフが書いたものを読んで、
「あの作業をしながらそんなことを考えていたのか~、フムフム」とか、
「やっぱりあの坂は誰にとっても試練なんだ・・・」など、
自分にとっては色んな発見がありました。
一般の方にはどのように映っているのか、気になるところです。

それで、いざ自分の番がまわってきたわけですが、正直何を書いて
いいのかわかりません。なので、最近事務局でよく耳にする言葉を
ご紹介しようと思います。

sustainable サステナブル 【形】持続可能な

「持続可能な」。
国際協力分野ではおなじみの言葉ですが、果たしてプライベートで
頻繁に使う方はいるでしょうか?
私は全く使いません。が、あえてあげてみると・・

・持続可能なダイエット方法が知りたい。
・持続可能な男女の関係ってあるの?

などでしょうか。
我ながら俗っぽいですが。
「持続可能な~」は、私にとっては難しいものですねえ・・。

さて、”sustainable”、または
”sustainability サステナビリティ 【名】持ちこたえる力” は、
KnKの活動において、とても重要なキーワードです。

それは、『持続可能な子どもたちの自立』をめざしているからです。

複雑なバックグラウンドを持つ子どもたちを、経済的に豊かではない国で
自立または自律した大人として社会に送り出す。
それは、決して簡単な道のりではありません。
それでも、現地スタッフのサポート、日本の皆さんのご支援、そして
何より本人たちの努力により、少しずつ実を結んできているのも事実です。

継続は力なり。

来年も仕事頑張りまーす。

国境なき子どもたちスタッフ 松浦(30代/♀)

NGOで働くということ①
日付:2006-12-21 17:59:14 コメント(2) トラックバック(0) home

NGOで働くのってどんな感じだろう?
スタッフの人はどういうきっかけで始めたんだろう?
そんな関心をもってこのブログに目を通してくださる人も
いらっしゃるのではないでしょうか。

そこで、単なる一例として、
 ◆私のNGO人生の始まり
 ◆私がNGO事務局スタッフという働き方を選んだ理由
 ◆企業とNGO事務局での働き方の違い
 ◆NGOで働くために必要なこと
等について考えてみたいと思います。

今日はその第一話。
私のサエないNGO人生はどのように幕を開けたか、
の巻です。

私は大学3年の時に、国際医療援助NGOの事務局で
半日×週2回のボランティアを始めました。その動機は
国際協力や人道援助への熱い思いではありません。
大学で勉強しているフランス語をもっと上手にしゃべれる
ようになりたいなーどこか日常的にフランス語を
耳にしたり簡単なやり取りを実践する場はないかなー
とぼんやり考えていたところ、大学の掲示板で、

  事務局ボランティア募集
  どなたでも可
  (フランス語ができれば尚可)

という簡潔極まりない貼り紙を見つけたのです。

当時の私のフランス語はなんとか挨拶くらいはできる、
けど仏語教師以外を相手に試してみたことはない、
というレベル。とにかく
『ここはフランス語を使う事務所、だけど
フランス語ができなくても大丈夫な所』、とだけ考え、
初めて見る団体名とその連絡先をメモして帰りました。

数日後、貼り紙に記された『事務局』へ行ってみました。
すると私には馴染みのない界隈の、わかりにくい場所の、
あまり大きくないビルの一角。
外観だけ見て、やっぱ止めとこ、と引き返しました。

知らない町のオフィスビルにアポなしで一人、
足を踏み入れるなんて結構勇気が要りますよね?
ましてや時は1993年末、NGOも人道援助という言葉も
凡庸な私の周囲ではまったく市民権を得ていなかった
遠い昔のお話です。

ところが、年が明けて、今度はフランス語学校の掲示板で
私はまたアレに出会ったのです。

  事務局ボランティア募集
  どなたでも可
  (フランス語ができれば尚可)

私は思いました。
こんなにあちこち貼り紙してるんだから
きっとマトモな所に違いない。

事務局所在地が前回とは変わっていたので、
今度は出かけていく前に電話してみました。すると
少々お待ちください、という返事に続けて
お待たせメロディなしで『ちょっとー、誰か
ボランティア募集の貼り紙なんて出したー?』
との声が。そして、
『ごめんなさい貼り紙になんて書いてあったか
わかりませんけど、とにかく忙しいので
手伝っていただけるんなら事務所に来てください』

そんなんアリかいな、と思いつつ、
応対してくれた電話の声の誠実そうな響きに誘われて
私は再び『事務局』を目指しました。

すると移転したばかりの事務局は・・・ 
細い路地の小さな一軒家。
築40年は間違いなさそうな木造モルタル2階建て。
ベランダからは貼り紙で見たロゴマークがプリントされた
大きな旗がだらりと垂れ下がっています。
サザエさんちみたいな、ガラガラっと横にスライドする
玄関のドアを開け、あのう事務局ボランティアの件で
先日お電話した者ですが、とモゴモゴ名乗るまもなく
あーはいはいこんにちはじゃあこれお願いしますね、と
封筒の宛名書きを大量に託されました。
今にして思えば、その人は、初めて訪れた私を
他の学生ボランティアと勘違いしたのかもしれません。

作業する場所はキッチンのテーブル。
ガス台を背に私は座り黙って宛名書きを始めました。
イメージとしては家計簿を付ける午後の主婦でしょうか。
思いがけず心地よく集中し、どのくらい時間が過ぎたのか
わからなくなった頃、気が付くとテーブルの向こう側には
手紙のようなものを書く外人さんの姿が。
あぁぁこれがフランス人じゃろか・・・
とうとうこの私がフランス語で会話しちゃったりする
記念すべき瞬間が近づきつつあるのだろうか・・・
えーと、どのタイミングで?
えーと、出だしはやっぱりボンジュール?
えーとえーと、
と宛名を書きつつ逡巡していると、向こうから

  『バッハ、は好きですか』

と流暢な日本語が。はっ?えっ?バッハッ?はっ?
私はとにかく何か返事をしなくちゃ、の一心で答えました。

  『いいえ』

NGO人生の初日に私が事務所で発した言葉はこれ一つ。
ボンジュールのチャンスはありませんでした。
それでも、ようやく緊張の解けた耳にはそこここで飛び交う
フランス語が全く理解できないながらも聞こえ、そして
言われてみればその木造モルタル2階建てでは
バッハのCDが途切れることなく響いていたのです。

何者だかさっぱりわからない人々の熱気があふれる
一軒家。
宛名書きを終え一人で帰る道すがら、
私ここ嫌いじゃない、と思いました。


NGOに関わる最初のきっかけは様々だと思いますが
そこに加わるか、続けるかどうかのポイントは、単に
好きか嫌いか、そんなところじゃないかなと思います。

国境なき子どもたちスタッフ J.K (30代/♀)

「いい加減に寝てよ!」
日付:2006-12-15 17:03:57 コメント(0) トラックバック(0) home

「いい加減に寝てよ!」またもや明け方まで息子と暗がりの中の対決。
もうじき1歳を迎えようとしているのに、一向に育児の手がぬけない。
それどころか、余計面倒なことになっている気がする。

朝は保育園へバギーをとばす。その後、ぎりぎりの接続時間で通勤、下落合の事務所へ。
一日の仕事が終われば、買い物、夕食の準備・後片付け、洗濯、翌日の保育園の支度、連絡帳の記入、・・・とせわしない時間が続く。
寝入ってからも「ギャー」と泣いて起き出すことがしばしばあるので、くつろぎのお風呂タイムさえハラハラものだ。時々泣き声の耳鳴りさえ聞こえてくる。

どうして赤ん坊は夜中にあんなにアクティブになれるのだろうか。
2時や3時に何時間も相手をさせられるこちらはたまらない。
「私は明日も仕事があるんだよ!」と息子にあたることもできず、
ただムカついて、0歳児を前に本気で死んだ振りをしてみたりする。

(写真)なんでも口に入れてしまうので、目が離せない。

自分の子どもに手一杯となって早1年たらず。3年間も毎日一緒に過ごしたカンボジアの子どもたちとも今となっては何千キロも離れてしまった。
よく通勤中に彼らのことを想い出し、泣きも入る。

が、遠くにいる子どもたちに心をかける時間は確実に減ってもいる。そんな自分が悔しい。

が、自己嫌悪にひたっている暇があるのなら、「仕事と育児に精を出せ!」とも思う。

国境なき子どもたちスタッフ 大竹(30代/♀)

日本でもファドを愛する人は多い。
日付:2006-12-14 15:47:53 コメント(3) トラックバック(0) home

先日コンサートに行った。ポルトガルの「マドレデウス」というグループ。

ポルトガルにはファドといわれる民族歌謡がある。(日本でいうなら演歌(?)のようなものだろうか?)クラシックギターやアコーディオンに合わせ、愛やリスボンの街、テージョ川などについて熱く歌われる。アマリア・ロドリゲスを代表とし、日本でもファドを愛する人は多い。そのファドの精神を受け継ぎながらも独特の旋律と歌声で音楽を奏でるのがマドレデウスだ。
http://www.madredeus.com/flash.asp?primeiro=true&linguagem=EN

ボーカルのテレーザの声は美しい中にも哀愁が漂い、ポルトガル語は分からなくてもその歌の意味が伝わるかのような説得力がある。そして舞台も、照明やメンバーの配置はシンプルでありながら舞台全体が芸術作品として完成されている。こんな美しい音楽を創作する彼らを生み出したポルトガルに行ってみたくなった。

そんなポルトガルと日本は昔から馴染みが深い。お菓子の「カステラ」もポルトガル語がからきている。さかのぼること18世紀、ティモール島がポルトガルとオランダの植民地争いにより切り取られた。その結果、西側がオランダ領、東側がポルトガル領となった。現在それぞれは独立し、西がインドネシアと東が東ティモールとなっている。

特に東ティモールはその独立までの歴史は平坦ではなかった。旧日本軍による占拠、その後インドネシアにも侵攻され、独立が成立した今も各国が残した干渉にもがき苦しんでいる。

2002年にできたとても新しい国。

KnKにとって、東ティモールラストフロンティア

国境なき子どもたちスタッフ 清水(30代/♂)


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