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ガザ_調査団ブログの和訳

ガザに残された膨大な復興作業
日付:2009-02-09 16:10:53 コメント(0) トラックバック(0) ガザ_調査団ブログの和訳

アムネスティガザ調査チームからの最新報告、いよいよ最終回です。
今回もボランティアのNさんMさんコンビによる翻訳です。

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ガザに残された膨大な復興作業(2009年2月4日)
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ガザでの2週間余りの滞在の後に去るにあたり、私たちは12月27日に始まったイスラエル軍の22日間の攻撃により引き起こされた破壊の規模に、今もショックを受け、ぞっとしている。復興作業は実に膨大なものになろう。

2009年1月1日ガザの破壊された建物© Sharif Sarhan

私たちの事実調査の主たる優先事項は、民間人とその家屋へのイスラエル軍による直接および無差別の攻撃を調査することであった。しかし、この訪問を終える前に、私たちは工場や工房、農場への大規模な破壊に焦点をあてることにも時間を費やした。こうした破壊にいかなる弁明の可能性も見いだすことは困難もしくは不可能である。私たちが発見したのは、最初の認識よりもひどいものでさえあった。

ガザ市より北東と南東にある工業地帯は完全に荒廃している。各工場は念入りに破壊されていた。ガザ市のザイトゥーン地区近郊のセメント工場でも、私たちは同じ状況を発見した。トラック、コンクリートミキサー車、工場の年配警備員の車さえも、車両はどれもことごとくひっくり返され、引きずられ、部分的に押し潰されていた。計画的なのかもしくはある種の痛烈な皮肉のためか、もともと破壊されていた1台の乗り物だけが、手をつけられないまま元の位置にあった。

ジャバリアから東にあるイズベット・アブデラボ・アルカルム工業地帯では、端にあるハダッドタイル工場ともう一方の端にあるアブイダセメント工場の間には、がれきの山しか見えなかった。機械や商品、屋根の金属製薄板、周囲の壁のレンガの破片はすべて、イスラエル軍の破壊機械、特に悪名高いD9装甲ブルドーザーによって粉砕され、ずたずたにされていた。

同じ地域の酪農場だった場所には、死んだ雌牛と羊が今も散らばっており、破壊された家屋の残骸で近くにキャンプを設営した今やホームレスの住民たち数千人への健康リスクとなっている。

子どもたちは特に危険な状態にある。破壊された家屋と工場から出たがれきの山は、現在、事実上彼らの唯一の遊び場になっている。家から避難せざるをえなくなった数万人のために3週間の紛争の間、避難所と化していたガザの学校は再びその役目を果たしている。しかし、いったん学校の時間が終わると、子どもたちは破壊された家屋とその界隈という現実に戻らなければならない。

しばしば危険なほどにぶら下がる天井や崩壊しそうな壁、金属製の大きな釘、そして押し潰されたアスベスト製の屋根からの濃いホコリ。こうしたものからなる大破した建物がそこらじゅうにある。子どもたちが遊ぶのに、これ以上危険な環境はないだろう。しかしそれが彼らに差し当たりあるものすべてであり、この先も長い間そうであろう。それほど破壊は大きい。

そのうえ、不発軍需品による絶え間ない危険がある。ある破壊された家の現場で私たちは、不発のイスラエル対戦車地雷をいじる子どもたちを目撃した。イスラエル人兵士たちはパレスチナ人家屋を取り壊すためにこれらの地雷を使用した。別の家のがれきのそばで、私たちは子どもたちがRDX高性能爆薬を燃やしているのを見つけた。これはばら撒かれたもののようで、それを含有して家に落ちた爆弾がうまく作動せず不発に終わったためだ。

子どもたちはまたイスラエル軍が民間人地域に発射した白リン弾の残骸を発掘しつづけている。その破片はリンが酸素に触れるやいなや再点火し、濃い煙を出し、子どもたちに火傷を負わせたり、煙や刺激臭を吸い込む危険にさらしたりすることになる。

国連の人道問題及び緊急援助調整事務次長であるジョン・ホルムズは、先週、短期間ガザを訪問し、自らが見たものを破壊的と形容した。国連はガザ復興援助のために6億1300万米ドルを求める迅速なアピールを出した。しかし、ガザの人びとが自らの生活をつぎはぎして元に戻そうとしはじめている時、ガザの人びと、援助努力を統率する国連、他の人道援助機関、非政府組織は新たな難題に直面している。それは今も続くイスラエルのガザ封鎖である。

実際、大半は子どもたちである約150万人のガザの住民たちの状態は、12月27日にイスラエルの軍事攻撃が開始される前から既に絶望的なものだった。以前の18ヶ月間、イスラエル軍によって強化されたガザへの厳しい封鎖のため、ガザの人びとは主に国連や他の人道援助機関、非政府組織による援助で生きのびてきた(これらの機関は基本的な必需品でさえガザに持ち込むことに大きな困難に直面していたのだったが)。

イスラエルによる封鎖は正式の検問所経由でガザに入るほとんどの物資の搬入をすべて制限もしくは妨害しており、そのことでエジプトからガザへの基本的必需品の密輸のため地下トンネルの使用が劇的に増加することとなった。しかしながら、そのような密輸品 - 赤ん坊のための粉ミルクやおむつから肉用に解体される生きた畜牛まで - は、たいていのガザの人びとが到底買えないぐらい高くつき、その供給は不規則なことで悪名高い。

この数週間イスラエル軍は、このトンネルはイスラエルに向けて発射するロケットを作るため部品を分けて密輸するのに使用されているとして、ハマス及び他のパレスチナ武装グループを非難し、トンネルを標的としてきた。そして、ガザとエジプトの国境沿いのトンネルへの広範な爆撃を行なってきた。それでもまだ機能しつづけているトンネルもある。また、イスラエルの爆撃が続く中、トンネルを掘り補修する人びとへの危険にもかかわらず、商品や支給品が通れるよう、さらに掘削が進行しているようである。

ガザ復興は途方もない作業となろう。きちんとした再建を開始する前に、家屋と工場の破壊で残されたがれきを除去しなければならないが、それさえも膨大な仕事である。それには重機とそれを動かす燃料が必要であるが、どちらもガザにはない。

それ自体莫大な問題にガザの人びと及び彼らを援助しようとする人道援助機関、非政府組織は直面しているのだが、継続するイスラエルによる封鎖のためその問題はさらに大きなものとなっている。この封鎖はただちに解除されなければならない。復興にぜひとも必要な機械やスペア品、燃料などの物資のガザへの自由な通行をイスラエル当局は許可しなければならない。

またイスラエル当局は食料と他の必需品の無制限の通行を許可しなければならない。ガザの民間住民は自らの生活を取り戻すことが許され、ぎりぎりの生存のため戦うことを非難されるようなことがもはやあってはならないのである。

同様に、国際社会は、この怖ろしい紛争のすべての当事者の違法行為への責任と賠償を保証するため強固な仕組みを設置しなければならない。この紛争は多くの人命を奪い、めちゃくちゃな破壊を引き起こした。破壊の賠償に関しては、イスラエルに対しその軍隊がいたずらに破壊したものへの賠償費用を分担するよう国際社会が主張する時でもある。

イスラエルの無人機が子どもたちを爆撃
日付:2009-02-05 11:34:08 コメント(0) トラックバック(0) ガザ_調査団ブログの和訳

アムネスティガザ調査チームからの最新報告です。
Nさん、いつも翻訳ありがとうございます。
*2月6日に一部内容を更新しました。

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イスラエルの無人機が子どもたちを爆撃(2009年2月1日)
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ベッドで眠っていた13歳の少女、サトウキビを運んでいた3人の小学生の男の子、安全を求めて避難しようとしていた2人の若い女性、自転車に乗っていた13歳の少年、帰宅のためにスクールバスを待っていた8人の中学生たち。屋外に座っていた家族全員。みな、「ドローン(雄バチの意)」と呼ばれるイスラエルの無人航空機から発射されたミサイルによる犠牲者だ。

ここガザでは、「ドローン」は「ザンナナ」と呼ばれている。それは雄バチが頭上を飛ぶ時に出すブンブンうなる音を表す、現地の擬音語だ。「ドローン」は監視を目的として作られたものだが、近年、イスラエルはミサイル発射のためにも使用しており、その多くの場合「お尋ね者の」パレスチナ人を暗殺することを目的にしている。

イスラエルのジャーナリストがわれわれに語ったところでは、軍の検閲はイスラエルのメディアが「ドローン」よる攻撃について報道することを許可していないという。「ドローン」から発射されるミサイルは、非常に正確で、射程範囲の半径は比較的小さいが焦点をあわせやすい。それなのに、このミサイルは、多くの子どもたちを含む数百名の民間人を死傷させた。その理由は、間違った情報によるものなのか、見境いのない残忍な行為だったのか、またはその両方だったのか、はっきりはわからない。

我々が調査した事例の多くは、ひとつのパターンがあった。それぞれのミサイルにはとても小さいの金属製の立方体が詰められており、これが致死効果を高めるのだ。極限力で爆破されたこれらの立方体は、金属製のドアや鋼製の鉄塔を突き抜け、コンクリートの壁にも深くめり込む。

今日、われわれは、1月15日の朝、「ドローン」から発射されたミサイルによって、1つの家族の2人の女性と3人の子どもが殺害された場所を訪れた。そこはガザ北部のベイトラヒヤ郊外にあるベドウィン(遊牧民)の村だ。殺されたのは3人の子どもたちとその母親と祖母だった。

その家族の家は、近くのトンネルを標的としたらしい強力な空爆による爆風で10日ほど前に破壊されていた。この後、家族は道路向かいの親類の家に身をよせた。2人の女性と3人の子どもたちがミサイルによって殺されたのは、彼らが身の回りのものを回収するために家の残骸に戻っていた時のことだった。

先だって、我々はガザ南部にあるハンユニス地域で他のケースをいくつか調査した。11日間の停戦にもかかわらず、ハンユニスの中心部であるその場所では、1月29日に「ドローン」による最近の攻撃があった。

標的はオートバイに乗っていたパレスチナ民兵の容疑者2人だった。彼らは攻撃を受け負傷したが、民間人16人も負傷しその大部分が子どもたちだった。ミサイル攻撃の場所と時間を考えれば、この結果は予測できたはずだ。

ミサイルが落とされた場所は、病院の反対側の、国連の小学校の入口からほんの2、3メートルしか離れていない、食べ物の屋台の列のまん前だった。時間は11時30分、ちょうど子どもたちが午前中の授業を終えて学校を出るころだった。

1月2日には、アルアスタル家の男の子たち、8歳のアブデラボ、11歳の兄のモハメド、同じく11歳のアブダルサタール・アスタルの3人が、ハンユニスの北東にあるアルカララでサトウキビを集めている時、「ドローン」から発射されたミサイルに殺害された。現場でわれわれは四角い穴だらけの金属製の柱を再び発見した。「ドローン」のミサイルの中の榴散弾によるものだ。

このミサイルのもう1つの特徴は、地中深く貫通する小さな穴で、これらはほとんど跡を残さない。我々は地面を掘りかえし、ミサイルの残骸を集めようと、土地の農民にシャベルを貸してくれるよう頼んだ。すると何人かの村の若者たちが熱心に手伝いを申し出てくれて、砂地を発掘しはじめた。

およそ6フィート(訳注:約183センチメートル)の地中で、彼らは、ミサイルの基板の小さな部分と他の破片を発見した。将来、実施されるであろう捜査において証拠となり得ることから、我々はこれらを手放さず、安全な場所に保管するよう子どもたちの家族に勧めた。

救急車さえもが攻撃の対象に
日付:2009-01-30 16:21:29 コメント(0) トラックバック(0) ガザ_調査団ブログの和訳

アムネスティガザ調査チームからの報告です。
スーパー翻訳ボランティアNさんMさんコンビのご協力で最新のニュースをお届けします。

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ガザの救急車乗務員への攻撃(2009年1月28日)
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医師や医療補助員、救急車運転手などの緊急医療救助隊員たちは任務を遂行中に、ガザ紛争においてイスラエル軍から繰り返し攻撃を受けた。

死傷者を搬送もしくは収容しようとしている時、彼らの内、少なくとも7名が殺され、20名を超える人びとが負傷した。

ベイトラヒヤでは2009年1月4日、非武装の若者5名を標的にしたと見られるミサイル攻撃があった。その約15分後、救急車が到着した。2、3分後その救急車に、フレシェット(小さな金属製の矢で、砲弾に5000から8000本が充てんされている。民間人地域ではけっして使用されるべきものではない)を満載した戦車砲弾が命中した。このときには2名の医療補助員が重傷を負った。その内の1人であるアラファ・ハニ・アブドゥアルダヤムは後に死亡した。アムネスティ・インターナショナルの調査員たちは後で、救急車がいた横の壁を数百本の矢が貫通しているのを発見した。

1月4日には3名の医療補助員、アナス・ファデル・ナイム、ヤセル・カマル・シュベール、ラファット・アブドゥ・アルアルが、近くの果樹園にいる2名の負傷者を救助に行く途中、ガザ市の小さな野原を歩いている時に殺された。負傷者がいる場所を医療補助員たちに知らせ、家の近くに立っていた12歳のオマール・アーマド・アルバラドもまた同じ攻撃で殺された。3名の医療補助員とこの子を殺害したミサイルの残骸には「誘導ミサイル、地上攻撃」と武器輸出国として米国の表示があった。現地に近づこうとする救急車乗務員たちはイスラエル軍からの攻撃を再び受けたため、この4名の遺体は2日間、運ぶことができなかった。

1月12日、6階建てのアパートの建物に2つのミサイルが命中した後、数台の救急車が素早く到着した。地域住民たちはすでに上の階から死傷者を運び出そうとしていた。

医師のイッサ・アブデル・ラヒム・サレと医療補助員のアーマド・アブデル・バリ・アブ・フールは最初に現場に着いた医療作業員で、負傷者たちを避難させはじめた。彼らが6階から5階へ降りている時、イスラエル戦車の砲弾が窓を突き破り、サレ医師の頭部と体を貫いていった。

救急車数台は下の通りにあり、医療補助員たちはリン光性のジャケットではっきりとわかるようになっていた。それにもかかわらず、戦車搭乗員は砲撃してきた。

ジュネーブ諸条約の下、負傷者を探し、収容し、搬送もしくは手当てする医療員たちはすべての場合において保護され尊重されるべきである。諸条約の共通第3条では、戦闘力を失った戦闘員を含む負傷者は集められ、手当てを受けるべきであると、述べている。これらの国際法の条項はガザ地区における紛争の間、尊重されてこなかった。

「ガザ危機-失われた命、破壊された生活・・・」
ガザでおきていることを多くの人に伝え、いま私たちができることをしましょう!

おそるべき残虐兵器フレシェット
日付:2009-01-30 16:07:04 コメント(0) トラックバック(0) ガザ_調査団ブログの和訳

アムネスティガザ調査チームからの報告です。
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イスラエル軍がガザの民間人にフレシェットを使用(2009年1月27日)
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12月27日に始まった3週間の紛争下、ガザの人口が密集した民間人地域で、イスラエル軍は白リン弾とは別に様々な兵器を使用した。

フレシェットは先端が鋭くとがって後部に4つのひれがついた長さ4センチメートルの金属製の矢である。5,000から8,000の矢が普通、戦車から発射される120ミリ砲弾に充てんされている。砲弾は空中で炸裂し、円すい状となって、およそ横300メートル、縦100メートルの地域に矢をばらまく。

密林の中を貫通するために設計された対人兵器であるフレシェットは、家屋が密集した民間人地域でけっして使用すべきものではない。イスラエル軍はこの数年間、周期的にフレシェットを使ってきた。そしてほとんどのケースで、民間人の死傷者を出してきた。

アムネスティ・インターナショナルの事実調査チームが今回の紛争におけるフレシェットの使用を初めて聞いたのはおよそ10日前だった。息子が犠牲となった父親がチームに対し、息子の身体から取り出したフレシェットを見せてくれた。

アムネスティ・インターナショナルのLivewire ブログの最近の掲載分で、チームは月曜日にガザのあちこちの町や村を訪れ、フレシェット使用のより確かな証拠を見つけた様子をつづっている。

ベイトハヌーンの町の南西にあるイズバット・ベイトハヌーンでは、1月5日の朝、数発のフレシェット砲弾が幹線道路に撃ちこまれ、2名を殺害し数名を負傷させた。

殺された2名のうちの一人は、妊婦で2人の子どもがいる21歳のワファ・ナビル・アブ・ジャラッドだった。彼女の夫と義理の母親はチームに対し、その時ちょうど家族は朝食をとっていて、戸外の日なたでお茶を飲んでいたと語った。

ワファと夫は家の角に立っていた時、騒音に続けて叫び声を聞いた。二人は家の中に引き返したが、その時、ワファと家族の他の数名にフレシェットが命中した。ワファは即死した。

同じ日、通りの反対側の端で、16歳のイスラム・ジャベール・アブアルダエムの首にフレシェットが命中した。彼は集中治療室に運び込まれたが、3日後に亡くなった。彼の兄弟であるミザールは同じ攻撃で負傷し、いまだに彼の背中にはフレシェットが刺さったままである。

アルムグラカ村では1月7日の朝、アッタ・アレフ・アッザムが彼の二人の子ども、13歳のモハメッドと2歳半のハッサンと一緒に座っていた部屋に砲弾が命中した。3人とも殺された。家にいた他の6名の家族は一番近い学校に避難した。チームは3人が殺された場所の血まみれの壁を調査してみた。壁はフレシェットで一杯になっていた。

「ガザ危機-失われた命、破壊された生活・・・」
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アムネスティ国際事務局の職員ブログ
日付:2009-01-28 17:14:05 コメント(0) トラックバック(0) ガザ_調査団ブログの和訳

ここのところ、お届けしているガザの調査団ブログの原文は下記で見られます。

LIVE WIRE


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ここでも、時々、翻訳したものを紹介していきますね。





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