アムネスティガザ調査チームからの報告です。
スーパー翻訳ボランティアNさんMさんコンビのご協力で最新のニュースをお届けします。
-----------------------------------------------------------
ガザの救急車乗務員への攻撃(2009年1月28日)
-----------------------------------------------------------
医師や医療補助員、救急車運転手などの緊急医療救助隊員たちは任務を遂行中に、ガザ紛争においてイスラエル軍から繰り返し攻撃を受けた。
死傷者を搬送もしくは収容しようとしている時、彼らの内、少なくとも7名が殺され、20名を超える人びとが負傷した。
ベイトラヒヤでは2009年1月4日、非武装の若者5名を標的にしたと見られるミサイル攻撃があった。その約15分後、救急車が到着した。2、3分後その救急車に、フレシェット(小さな金属製の矢で、砲弾に5000から8000本が充てんされている。民間人地域ではけっして使用されるべきものではない)を満載した戦車砲弾が命中した。このときには2名の医療補助員が重傷を負った。その内の1人であるアラファ・ハニ・アブドゥアルダヤムは後に死亡した。アムネスティ・インターナショナルの調査員たちは後で、救急車がいた横の壁を数百本の矢が貫通しているのを発見した。
1月4日には3名の医療補助員、アナス・ファデル・ナイム、ヤセル・カマル・シュベール、ラファット・アブドゥ・アルアルが、近くの果樹園にいる2名の負傷者を救助に行く途中、ガザ市の小さな野原を歩いている時に殺された。負傷者がいる場所を医療補助員たちに知らせ、家の近くに立っていた12歳のオマール・アーマド・アルバラドもまた同じ攻撃で殺された。3名の医療補助員とこの子を殺害したミサイルの残骸には「誘導ミサイル、地上攻撃」と武器輸出国として米国の表示があった。現地に近づこうとする救急車乗務員たちはイスラエル軍からの攻撃を再び受けたため、この4名の遺体は2日間、運ぶことができなかった。
1月12日、6階建てのアパートの建物に2つのミサイルが命中した後、数台の救急車が素早く到着した。地域住民たちはすでに上の階から死傷者を運び出そうとしていた。
医師のイッサ・アブデル・ラヒム・サレと医療補助員のアーマド・アブデル・バリ・アブ・フールは最初に現場に着いた医療作業員で、負傷者たちを避難させはじめた。彼らが6階から5階へ降りている時、イスラエル戦車の砲弾が窓を突き破り、サレ医師の頭部と体を貫いていった。
救急車数台は下の通りにあり、医療補助員たちはリン光性のジャケットではっきりとわかるようになっていた。それにもかかわらず、戦車搭乗員は砲撃してきた。
ジュネーブ諸条約の下、負傷者を探し、収容し、搬送もしくは手当てする医療員たちはすべての場合において保護され尊重されるべきである。諸条約の共通第3条では、戦闘力を失った戦闘員を含む負傷者は集められ、手当てを受けるべきであると、述べている。これらの国際法の条項はガザ地区における紛争の間、尊重されてこなかった。
◆「ガザ危機-失われた命、破壊された生活・・・」
ガザでおきていることを多くの人に伝え、いま私たちができることをしましょう!
最近のコメント